韓国・北朝鮮の南北首脳会談と反核平和を考える

南北首脳会談
韓国と北朝鮮の分断は「民族の悲劇」と呼ばれ、社会に与えた影響は大きい。現在も朝鮮半島は「停戦状態」にあり、軍事的緊張状態が続いている。朝鮮戦争以後、韓国では反共イデオロギーに基づく規制が行われた。1965年の映画「7人の女捕虜」は親北朝鮮映画として監督が起訴される事態となった。2000年以前の朝鮮半島は、政治だけでなく文化政策においても敵対や抑圧が行われている。パク・チャヌク監督の「JSA(2000)」では、1990年代を背景に敵対する南北兵士たちの友情と悲劇を描き話題となった。カン・ジェギュ監督の「シュリ」は、北朝鮮スパイと韓国検察との恋愛を描き大きな衝撃を与えた。南北分断は朝鮮半島の人々にトラウマを残している。以上を踏まえ、2018年9月に開催された「平壌南北首脳会談」を中心に、南北対話の特徴について考察したい。

南北首脳会談

大統領秘書室長のイムは2018年9月の「平壌南北首脳会談」について、『両首脳による「直接的」「実質的」対話が行われた』と述べている。2000年と2007年に2度の南北首脳会談が行われているが、今回は「共同記者会見」や「レストラン訪問」、「白頭山登頂」など進展的内容であったという。そもそも南北対話の歴史は1970年代に遡ることができる。2000年以前の南北対話の特徴として、「離散家族問題解決」と「平和に対する努力」が挙げられる。1972年の「7. 4南北共同宣言」では、「自主・平和・民族大団結」の「統一3原則」が提唱され、1980年には南北分断後初の離散家族故郷訪問団が結成された。一方、2000年以降は「歴史的」と呼ばれる首脳会談が実現し、今まで言及されていない「経済・文化協力」や「離散家族再会事業」が主題となり「統一」に向けた対話が進んでいる。李明博や朴槿恵政権により停滞するものの文在寅大統領が就任して以降、3回の南北首脳会談と初の米朝首脳会談が行われた。

南北首脳会談

2000年代の対話の特徴の一つとして「우리 민족 끼리(我が民族同士)」を挙げたい。このスローガンは「6.15共同宣言」で含まれた表現であり、それ以降の文書にも登場した北朝鮮の文言である。一方、2018年4月「板門店宣言」でこの文言は削除され、代わりに「わが民族の運命は我々自ら決定するという民族自主の原則を確認した」と述べている。文在寅大統領は新たな表現で重複を避ける意図があったという。9月の「平壌共同宣言」では「民族自主と民族自決の原則を再確認する」と記述している。このように南北首脳会談では「民族同士」を用い、その意味を継承しつつ時代に合わせた対話が進んでいる。

韓国と北朝鮮の平和

以上、9月の南北首脳会談はより発展的であり、朝鮮半島に新たな価値観を生み出した。中でも、文在寅の存在は大きいと考える。大統領の両親は朝鮮戦争時代、北朝鮮から避難民として移住しており、当選以前から南北対話の重要性を強調してきた。大統領によって南北関係の将来を左右することが明確となったのではないか。「9月南北共同宣言」の主題である非核化においては、アメリカを含めた対話も要求される。社会問題の解決においても、今までの反省を踏まえた進展的な議論が重要だと考える。

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参考文献

この記事を書いた人

@picomac

現在、都内大学生に通いながら就活中。映画、アートに興味があり、特にアジア映画のレビューやレポートを投稿すると思いますが、都内スイーツや食べ物処などもアップ予定です。よろしくお願いいたします。

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